2010/12/28

残務整理

今日は「御用納め」の日。会議などの用は無かったのだが、その分、年内に済ませなければならない用事を次々とこなした。その中で、特にMLFシンポのプログラム作りと日韓中性子の仕事、そして物性研中性子の課題審査に決着をつける事ができたのは良かった。

2010/12/27

会議×3

午前中は、まずJ-PARCの「産業利用課題」とKEKの大学共同利用との整合性をどう取るか、と言う議論をする。午後はまず、来年度の実行予算に関する会議。続いて物構研責任者会議があり、その後忘年会があった。

2010/12/24

蜂窩織炎?

ハワイから戻ってきてから右足のかかとに水疱ができ、その周りが腫れている。どうやら雨の日に歩き回った時にできた靴擦れの部分から細菌が入って、それが悪さをしているらしい。一昨日の夜から昨日にかけて発熱するなど症状が酷い(ネットで調べたら、「蜂窩織炎」の症状に似ていた)ので、午前中は皮膚科に見てもらいに行った。

午後はCMRCのプロジェクトリーダー会議。その後広報企画委員会があった。

2010/12/22

忘年会

今日は午前中から東海へ。I田さんと来年度予算についての打ち合わせをした。

午後はMLFの利用促進チームの会議だったのだが、JAEAのメンバーが誰も来ていなくて難儀した。その後つくばに戻り、中性子ミュオンの忘年会に参加。2ヶ月前から準備していた甲斐あって、40人以上参加した盛大な集まりとなった。

2010/12/21

Pacifichem発表前後

Pacifichemは12/15(水)〜12/20(月)の日程で行われているのだが、土日も平日と全く変わりなく進んでいた。ただ、長期の会議だからからかおしまいの方になるとだれてくる。自分が発表するセッションに日曜日の午後に行ってみたら、何と10人の発表者のうち5人がキャンセル。しかもちょうど1人おきにキャンセルがあったので、歯抜けで何とも締まらない会議進行だった。

と言うことで、いよいよ迎えた最終日。セッションは7時半開始で、僕は8時半からの発表である。ホテルのチェックアウトもしなければならないので、5時半に起きてシャワーを浴びて荷物のパッキングをし、朝食スタートの7時に荷物を持ってロビーに下りてチェックアウト。急いでパンを飲み込んで会議参加者用の連絡バスに乗って行ったら7時40分に到着した。会議全体の最後のセッションなので昨日みたいな感じかと思えばさにあらず。発表者に1人のキャンセルもなく、議論もそれなりに白熱して良いセッションだった。因みに僕の発表は、短い時間に内容を詰め込もうとしたからかあまりリアクションが良くなかった。また英語の言い間違いも多く、ちょっと失敗だったかも。

会議終了後にホテルに戻り、時間が来るまでしばらく周囲を散策する。そして午後6時15分発の飛行機で帰国の途についた。

2010/12/19

在庫処分

今日(ハワイでは12/18, 日本では12/19)はハワイでも日本でもお休みなので、Pacifichemには行かずに溜まった仕事の処理(=在庫処分)に専念した。まずはH田くんが1st authorの論文で、修正版を作成してeditorに送った。続いてKEKの予算に関わる仕事をし、続いてT仲さんの論文の修正。最後にS野くんの解説記事に手を入れたのだが、終わった時にはビールとワインとでべろんべろんとなった。

ところで在庫処分で思い出したのだが、昨日お土産用に買ったTシャツは処分セールのため6着で$20。何と1枚300円の安さである。ハワイは観光地のため全体的に物価が高いのだが(昼食に食べたホットドッグは$7もした!)、Tシャツの安さはほぼ唯一と言っていいかも??

2010/12/18

Pachifichem

Pachifichem(環太平洋化学会)は15日からハワイのホノルルで行われているのだが、僕は今日からの参加となった。朝の9時半に空港に到着してホテルへ移動。チェックインして徒歩で会場のコンベンションセンターへ行き、バッジなどを受け取った。

ところでこの会議は日本化学会、アメリカ化学会の他にもカナダ、韓国、中国、オーストラリア等が参加して、これらの合同会議となっている。従って参加者も大変多く、1万人〜2万人来ているらしい。そのため会場はメインのハワイ国際会議場の他に3つぐらいのホテルで分散開催となっていて、全貌を掴んでいる人はほとんどいないのではないだろうか。また口頭発表のセッションやポスター発表のセッションが乱立していて、とても全部を見てどれを聞こうか判断する、と言うことができる感じではない。午後はたまたま会った知り合いと話をし、ゲルのセッションを聞き、ポスターセッションに顔を出した。

なお日本とハワイの時差は17時間あるので、こちらは今(午後11時過ぎ)はまだ12/17である。僕は日本時間の12/17早朝に起きて、その後飛行機の中の仮眠はあったものの2時間ほど寝ただけだ。つまり昨日起きてから27時間、ずっと12/17の生活を続けていると言うことになる。こんなに1日が長いのは、初めての経験だ。